バーテンダー一人目。クールに浸る
時間がいつの間にか溶けていく。
時間を盗まれた?と日々感じている人は神楽坂の「レトロなBAR」に行けばいい。
古き良きものだけが持つ安心感。
積み重ねた時間が包んでくれる。
二人のバーテンダーにお酒をつくっていただきました。
一人目はbar hotel 箱根香山でもシェーカーを振っている馬上潤さん。
日本酒「雨降」を使ったカクテルをスローイングで。
流れるような所作はこちらから。
日本酒の雨降。カルダモンを漬け込んだジン。甘めのホワイトポートワイン。紫蘇の香り。
クラックの入ったグラスがアクセント。
レトロなBARはグラスにもこだわっています。
一つひとつ表情の違うグラスの中からお酒に合ったものを選んでくれる。
グラスは目と手と口に刺激をくれる、時間を心地よくするためのキー。
浮かんでいるのはローズリキュールとグランベリージュースの氷。
時間が経っても味がぼやけず、氷からの微細な泡が香りを立たせる。
自分の好きな時間の流れで溶かしながら、味と色の変化を楽しめます。
キラキラしているように見えるのは氷に食用パールを忍ばせているから。
ミルクウォッシュで透明感を出しています。
「雨降十二年匿蔵はシェリーのような味わいがあるのでコーヒーと相性がいいと思って発想しました。酒粕をウォッカに漬け込んで、香りが移ったら濾して使っています」
コーヒービーンズの香りがアクセント。
「カクテルをつくるためには発想を広げることが大切です。食事をしている時には『カクテルで表現できないかな』と考えますし、食材の組み合わせは参考にしています。例えば出汁をカクテルに使ったことがあります。白ワインに出汁を入れて、アルコールが揮発しない温度で温めてあげて……カクテルの技法をいろいろと試してみるのも好きですね」
車では入ってこられない神楽坂の路地裏。
馬上さんの一押しは夜の石畳散策だ。
バーの楽しみ方も聞いてみた。
「アペリティフもおすすめです。食前酒をバーで召し上がって、神楽坂のレストランで食事を楽しむ。また戻ってきて飲んでくださるお客様もいらっしゃいます」
カウンターにあるフルーツから好きなものを選ぶと、好みに合わせてつくってくれる。
バー初心者は構えずに相談してみるのが良さそうだ。
「予備知識はまったく必要ないので、ただ『こういうものが飲みたい』とおっしゃっていただければ大丈夫です。そうすればバーテンダーのセンスで合ったものをお出しします。例えば『甘くて度数が低め』と言われれば、苦手なお酒はありますか?炭酸が入っているものがいいですか?とヒアリングしていきます。バーは敷居が高いところではないので、構えずに時間と空間を楽しんでいただきたいです」
バーテンダー二人目。ピエロと語る
「時計というのはね、人間ひとりひとりの胸の中にあるものを、きわめて不完全ながらもまねて象ったものなのだ。光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ」
ミヒャエル・エンデ作/大島かおり訳『モモ』(岩波書店)
二人目は原田祐基さん。
音を聴いてほしい。
レトロなBARでは日本酒「雨降」を楽しめます。
雨降のルーツは丹沢大山の雨降山。
2200年以上の歴史をもつ大山阿夫利神社とともに、雨乞い信仰の場として知られてきました。
雨はたっぷりと時間をかけて山に沁み込み、ゆったりとお酒になります。
雨降をつくっている吉川醸造は洗米から仕込み水まで全て、井戸から豊富に湧き出る良質な硬水を利用しています。
最初に振ってもらったカクテルも雨降をつかっています。
硬水で醸すことによって、くっきりと個々の性格が出てくるといいます。
日本酒造りには軟水が向くというのが定説ですが、硬水は酵母の発酵を促し、低温下でも醸すことができるため、すっきり端正な、陰影の濃い酒質に仕上がるそう。
また、吉川醸造ではあえて「削らないお酒」(精米歩合90%)もつくるなど、試行錯誤を繰り返しながら挑戦を重ねています。
雨降「おはなさけ」をベースにしたカクテル。
おはなさけは名前の通り、花から抽出した酵母を使って、ゆっくりと時間をかけた超低温発酵させた低アルコールな日本酒です。
ブラッドオレンジジュースやレモンなどを加えてフルーティーに。
「日本酒は繊細なため、カクテルにすると味が壊れやすいと言われています。でも雨降は主張がはっきりしているので、濃いものに混ぜても合わせやすいです」
筆者のリクエストでつくってもらった、ピスタチオを使ったカクテル。
ナッツを使ったカクテルは初めての体験。
以前働いていたバーでの“悪ノリ”がきっかけで生まれたといいます。
「お客様のリクエストで柿ピーを使ったカクテルをつくったことがあります。お客様に難しいお題を無茶振りされると燃えてくるので。やってみたら意外とおいしくて、ナッツもいけるんじゃないかって」
お酒はもちろんのこと、塩や砂糖にもこだわっているというバーテンダー歴20年の原田さん。
「オリジナルのカクテルをつくるときにはゴールを決めて、使うものを組み合わせて、つないでいくイメージです。バランスが重要なので、何を選ぶのかがポイントです。大事になってくるのは引き出しの多さなので、経験値も必要になってきます。もともとはイタリアンの料理の世界にいたので、そのあたりはスッと入れたような気がします」
レトロなBARの隣には数寄屋門の茜色の暖簾が印象的な「レトロなホテル」があります。
土壁や檜をつかった古き良き日本建築が昭和レトロを感じさせる。
海外からのお客様も多く、バーで日本酒を楽しむ方も多いそう。
「レトロなBARはホテルのフロントも兼ねているので、おすすめを聞かれることも多いです。私は街並みを楽しみながらのお散歩と答えています。風情のある石畳を歩きながら、お店を発見していくのがおすすめです」
バーを探すコツと楽しみ方も聞いてみた。
「居心地ですね。バーテンダーとの相性、波長が合うかどうか。こればっかりは来てみないとわからないんですよね。どんなものを頼んだらいいのか分からない時は聞いていただくのがおすすめです」
「接客する時は打ち上げ花火みたいな店にしようと思っています。打ち上げ花火は一回きりで、バーン!ワー!楽しかった!……店に来ていただいて、打ち上げ花火が一回でも上がればいい仕事ができたなって思います。その時その時をいかに楽しむか。会話を大事にしています。ピエロになりたいと思ってバーテンダーをやっています。凹んでいる人も笑顔にできるピエロになりたいですね」(原田さん)
神楽坂通りに出ると毘沙門天。
車と人のざわめき。
自分の時間を取り戻したような、世界がちょっと変わったような心持ち。
リセットとはちょっと違う心地よさ。
ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれたモモ。
彼女は時間を「一種の音楽」と捉えました。
いつもと違う音楽を聴きたくなったらレトロなBARに行けばいい。
お酒をつくる音。
バーテンダーや共に時間を過ごした人との会話。
「あの音楽はとってもとおくから聞こえてきたけど、でもあたしの心の中のふかいところでひびき合ったもの。時間ていうのも、やっぱりそういうものかもしれない」
ミヒャエル・エンデ作/大島かおり訳『モモ』(岩波書店)
今回の記事はライターの谷村光二さんに執筆していただきました!
谷村さんはbar hotel 箱根香山にも足を運んでくださっています。
併せてこちらの記事もどうぞ!
【bar hotel 箱根香山】唯一無二。お酒と温泉、そして人