疲弊した心に響いた「石垣島出身だよ」
時は2004年。
私がディレクターを担当するFM番組でオンエアーする楽曲の選曲作業をしていた時、とある大手レコード会社のプロモーターから1枚のCDサンプルを頂いた。
彼は少し興奮気味に「このバンド良いですよ。楽曲も良いけど特にボーカルの声が良い。近々デビューするから是非オンエアーよろしくね。あ、そうそう、ボーカリストの一人は平得美帆という石垣出身の子だよ。」と告げてきた。
「石垣島出身だよ」
当時、激務による鬱状態から現実逃避するために(笑)二ヶ月に一度は石垣島に通い詰めていた私にとって、「石垣島出身だよ」という言葉は、バンドの紹介以上に心に響いた。
東京エスムジカとの出会い
バンドの名前は「東京エスムジカ」。
大手レコード会社、ビクター・インビテーションよりメジャーデビューを果たしたこのバンドは、ボーカルの瑛愛(ヨンエ)、平得美帆のツインボーカルと作曲・作詞の早川大地という3人で構成され、異国情緒に溢れた楽曲が特徴だ。
メジャーデビュー曲『月凪』(TBS系「日立 世界・ふしぎ発見!」主題歌)は全国FM33局でパワープレイ(ヘビーローテーション)を獲得、当時では新人アーティストのパワープレイ獲得数新記録を打ち立てた。また、日本語音楽解禁後の韓国において、初めてテレビの音楽番組で日本語で歌唱した日本人アーティストとなった。
各地のFM局を行脚する超多忙なプロモーションの中でも、もちろん我が番組のスタジオにも来てくれた。石垣島通いが功を奏し、彼女の素性はすでに現地でリサーチ済み。
放送前の打ち合わせで、初対面の緊張をほぐす意味も込めてリサーチ内容を小出しに会話を試みた。
「石垣島出身よね?」
「喫茶・海坊主の平得さんの娘さんよね?バスターミナルの近くの。」
「お店にたくさんポスター貼ってあったよ!」
と、小ネタを挟みながらお互いの距離感を縮めていった。…つもりだったが、後の本人談によるとドン引きだったらしい…(苦笑)。
時は流れて2025年
彼女は現在、石垣島に戻り、石垣島ホテルククル従業員もお世話になっている実家の喫茶店・海坊主を手伝っている。
私自身も石垣島で暮らして20年あまり。その間、彼女のライブの音響を担当したり一緒に演奏したりと、2004年の出会いから数えると古い付き合いとなっていた。
だが、私にはあの時の彼女との出会いから変わらぬ想いがある。
それは、彼女のファンであり続けていること、歌うことを止めないで欲しいという願いを持ち続けているということ。
「蔵元 SAKE & GALLERYで歌って欲しい」と彼女に伝えると、2004年にスタジオで見せてくれた、歌への情熱に満ち溢れたあの笑顔で応えてくれた。
rica tomorl(リカトゥモール)が歌に込めるもの
平得美帆のソロユニット名は「rica tomorl(リカトゥモール)」。
名前の由来は、沖縄八重山諸島の方言で「海(トゥモール)へ行こう(リッカ)」という意味。
ライブが始まると、八重山諸島の歴史、風土、気候、人々の暮らしなどが音となり会場に響き渡った。ただ、何だろう……、それだけじゃない「独特の温かみを帯びた空気」が存在していた。
不思議な感覚で観ていると、ある曲を始める前のMCの途中、彼女は三線を手に取り、ちんだみ(チューニング)をしながらこう言った。
「先日、大好きだったばあちゃんが亡くなりました。99歳の大往生。いつも私の歌手としての活動を応援してくれました。今でも同じ場所から見守ってくれていると思います。ばあちゃんから教わった三線を弾きながら歌います。」
演奏が始まると同時に、「独特の温かみを帯びた空気」が音圧と共に膨張し、一瞬で蔵元を包み込んだ。
それはまさに、歌手としての実力と共に育まれてきた「家族への感謝」が込められた、とても温かな空気だった。
2004年のメジャーデビュー以前より石垣島を離れ、東京で夢を追い求めた彼女。
彼女を支えた続けた、家族の期待や応援に報いる事ができる歌唱力豊かな歌手に成長した平得美帆は、石垣島に戻り、身近な距離で家族に寄り添いながら恩返しをしているように思えた。
ばぁちゃんに捧げた「夜空のにぬふぁぶし」
ばあちゃんを想い、捧げたその曲名は「夜空のにぬふぁぶし」。
「にぬふぁぶし」とは八重山の方言で北極星を意味する。灯りの無い時代、人々は北極星を道しるべとして崇め、星は、生活苦や不安を払拭してくれる欠かせない一筋の光だった。
きっとばあちゃんは、北極星の様に夜空の変わらぬ場所から、今もずっと優しく、そして温かい一筋のスポットライトのような星灯りで、彼女を照らし続けている。
■蔵元 SAKE & GALLERY:
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