はじめに
ブラインドを開けると、社長と目が合っちゃう……
そんな位置に『研修ラボ』はあります。
本社を置く新宿のビルから道路一本挟んだ、レトロな建物の6階。
カーテンをひくと現れる、ひきこまれるような海
エントランスをくぐれば、目の前に広がる洗練されたバー
そんなシマダグループのユニークなホテルに並んで、
ブラインドからの社長!(どどーん)
ぴりりと背筋が伸びる気もしますが、
研修ラボにそんな緊張感はありませんのでご安心くださいね。
ここで取れる資格は初任者研修修了証でも、ヘルパー2級でも、介護福祉士でもありません。
介護業界のサービスをより良いものに掘り起こそうと奮闘する、
シマダリビングパートナーズの小さな研修ラボのお話です。
外部講師は呼びません
つかの間の休憩中。
先日研修を受けてきたというパートスタッフのAさんに
「どうでした?」と雑談がてら聞いてみたら、同じ施設で働く社員としてはちょっとドキッとする答えが返ってきました。
「私パートだし。正直ここで働かなくたっていいのよ。」
げっ。どういうことでしょうか。
「なんでこの時期にわざわざ新宿まで研修を受けに行かなきゃいけないんだ、ってちょっと思ってたけど」
はい……
「あなたは普段現場にどんな思いを抱いていますかって。シンキングタイムがあった後に順番に発表することになって。対面だからうそつけないのよ。ここの悪口、いーっぱい話してきちゃった」
いたずら顔で話すこのパートスタッフAさんが、
普段、笑顔と敬語を絶対に崩さず、使った物品をさりげなく綺麗に整えていたことに私は最近になってようやく気づきました。
「正直に言うと、ここの現場はナースコール3つが同時に鳴るくらい、とにかく目まぐるしいから、当たり前のことが当たり前にできていなかったりする。でも、その現状は絶対におかしいと感じていて。研修を受けて、私の介護は間違っていなかったと思えた。理解してくれる人がいたって」
書いていて心苦しいのですが、濁さずお伝えしたいと思います。
当たり前のことが当たり前にできていない。敬語を使えていない。
一般的なサービス業ならありえないことが、介護業界ならありえてしまう
というのがこの業界の事実であり課題です。
そして、ここシマダリビングパートナーズでも例外なく
まだまだ改善の余地が残っています。
それはサービスといえるのだろうか。
社員でも、週に1回のパートスタッフでも立場関係なく、
現場で普段悩んでいることを一緒に考えていきたい。
2021年、夏・真っ盛り。東京オリンピックで日本中が沸いている中、コツコツと準備を進めて研修ラボを設立したのにはそんな思いが込められていました。
「シマダグループは組織間のコミュニケーションが意図的に取られていて、なんでもフランクにつながって話していこうというブンカが土台にあるんですね。
それが大きく影響しているのもあって、この会社は“会社と一社員”の距離感はいい意味で近い。相談したり、提案したり、風通しがいい風土なんです。
以前は規模がそんなに大きくなかったけれど、事業拡大しているうちにそんなブンカの濃度が薄くなってきた。1対1の関係が作りづらくなってきた今、仕組みにしていかないといけない。」
部長の奥原さんはそんな危機感をにじませつつ、確信を込めたように続けました。
「私たちは上から指示が下りてきて、その通りに現場の仕事をひたすらこなすっていうのは違うんです。こういうサービスができたらいいんじゃないか。こうしたら実現できるんじゃないか。社員であれパートであれ、“現場の”意見をアウトプットして共有してもらう。どんな介護を目指していこうか、講師陣も一緒になって考えていく。
だから、外部講師を呼んで、介護とはこういうものだ!と語ってもらうのとは違うんです。」
あなたのリアルな声が聴きたい
先述のパートスタッフAさんは、やっぱり行って良かったと、そう振り返って話してくれました。
「この時期に、リアルな声を聞きだしたかったんだなとよく分かったわ。オンラインの上辺だけのものじゃなく。」
リアルな声にこだわったのは、理由がありました。
講師を務める奈良澤マネージャーは直接対話することで関係性を少しでも構築したいと話します。
「たった数日間の研修であっても、それまで初対面だった受講生と我々がお互いに顔と名前を知って、どういう人か理解することが大事だと考えています。
そうすることで何かに悩んだとき、現場以外に相談できるルートがもうひとつ増える。
スタッフさんにそう思ってもらえるのは会社にとってもラッキーなことじゃないかと思うんです。」
奈良澤マネージャーは、それまで介護職として、また施設長として
長らく現場に身を置いていました。だからこそ、現場から見た会社は遠くにある存在のように思えることをよく知っていました。
「特にパートスタッフなら、自分が働いている会社の代表にお会いしたことがない方がほとんど。
会社の理念も、通常であれば各施設の施設長を集めて研修して、それから現地で部下やスタッフさんに落とし込みしてね、というのが一般的だと思うんですけど。この会社は一人一人としっかり向き合ってリスペクトするっていうブンカがあるので、そこは立場関係なく全員に来てもらって。」
2年かかりますけど、と苦笑いする奈良澤マネージャーですが
新卒社員や役員候補の中途社員でもない限り、会社の上役と理念や思いを直接共有する、というのはかなり珍しいことかと思います。
理念を共有したから実現できたこと
シマダリビングパートナーズには経営理念に加えて4つの行動指針がありますが
4つの行動指針から
Will 意志 「お客様一人ひとりの意志と人格を理解し、尊重することを何より優先する」
Synergy相乗効果 「スタッフが常に情報交換と意見交換を行い、チームワークを生かした最善なサービスを提供する」
この2つが共有され、現場で実際に生きたストーリーをご紹介させてください。
ご自身の意思に反して施設入居が決まったお客様。
骨折されておひとりで歩くことが難しくなり、お手洗いに行くのも2人がかり。夜間も頻回にお手洗いに行かれるため、ご家族はその都度起きて介助する必要があり、このまま家で生活を続けるのは難しくなっていました。
もちろん同意を得て施設にいらしたのですが、高齢のため短期記憶が抜け落ちてしまい、ふとした瞬間にどうして自分が自宅ではなく施設にいるのか、分からなくなってしまいます。
ご本人からしたら、見知らぬ場所で、見知らぬ人と突然始まる共同生活に不安や恐怖を抱くのは当然かもしれません。その方は「助けてー!」と何度も大声で叫び、車椅子ごとひっくり返りそうな勢い。お茶なんか飲んでいる場合じゃない!と、机の上に置いてあるものを投げつけ、30秒でも目を離すものなら車椅子から落ちて再び骨折してしまうと思ったほどです。
家に帰りたいあまり、職員に手をあげることもありました。たとえ見知らぬ他人であっても、暴力はいけない。もうしないから家に帰らせて、とおっしゃっても、できないことはできないのだと、何度も何度も、正直に向き合ってお伝えしました。
どうしたら家に帰っても生活できるか、ご家族とも話し合いました。
ご本人のご様子を時系列に沿って職員同士でも細かく情報共有していきました。
チーズを家でよく食べていたらしい、と聞けばご家族にお好みのチーズを買ってきていただき
お話の途中で釣りをよくしていたとこぼすと、車椅子を押して一緒に外の風にあたりながら近くの川を見に行ったり、釣り関係の小冊子を用意したり。
眠れない夜は、本来なら居室で寝ていただくのが1番なのですが、
少しでも不安を軽減できればと、消灯後の廊下を一緒に巡視し、深夜3時の事務所で隣に座ってお茶をすすって夜明けを待つこともありました。
眠れる日は日中どのように過ごしていたのか。
家に帰りたいと不安になってしまうのはどういうタイミングなのか。
ものを投げる行為には、あの目線にはどんな思いが隠されているのか。
どういう声掛けなら安心していただけるのか。
意外と中華なら食事が進んでいる。
マグカップより缶の飲み物の方が手に取られる。
補聴器は絶対に毎日充電しておく。
干支の話で笑顔を見せてくれた。
三波春夫がお好きらしい。
黒や紺の暗い色の洋服なら拒否なく着ていただけた。
クイズ番組に食いついてご覧になっている。
その方に関する情報が毎日毎日積み重なり共有されていきます。その方のバックグラウンドや人格への理解を深め、どうやったらここで過ごすことを受け入れて幸せに暮らしていけるだろうかと、職員一丸となって考えていきました。
入居されて1か月半。ご本人はここでの暮らしを受け入れ、昔の話を懐かしそうにお話しされ笑顔を見せていただける日がぐんと増えました。もう車いすを倒しそうになることもありません。落ち着いてリハビリを受けることができるようになっています。
退去していただくという選択肢も正直ありましたが、
Will(意志)とSynergy(相乗効果) この2つの行動指針を職員が理解し、行動の軸となってお客様にとってよりよい生活へと一歩前進させたケースなのかなと思います。
耕される準備はできています
発展途上の介護業界にはまだまだたくさんの課題が残っています。
現場にいるからこそ、気づくこともあります。
どうやったらそれを一歩前に進めるか。
先ほどの件でも
もう現場では対応しきれません、施設長なんとかしてください!
会社がなんとかしてください!というのは簡単ですが、
ここでの研修は自分の頭で考えて共有し、
講師を含め一緒に考えていくというのが特徴的です。
「介護職員の本質は『こうしたらもっと良くなるんじゃないか』と自分の頭で主体的に考えることだと思うんです。どんな立場であれ、意見って言っていいんですよね。」
2000年に介護保険ができたばかりで、介護は業界的にはまだまだ若者。
変化を受け入れて成長しようともがく様子は、青年期に分類されるでしょうか。
新宿の小さな研修ラボを起点に、各地にあるガーデンテラスで、今。
何かが変わろうとしています。
発展途上のこの業界、変化を受け入れるここの土壌は、
耕される準備ができています。