生まれも育ちも神楽坂
実家を売り払い茅ケ崎へ
「行きつけの美容室で、副支配人っぽい髪型にしてくださいって言ったらこうなりました。」
と、よく焼けた肌に真っ白いシャツがよく似合う彼は、にっこり笑って話してくれた。3か月前長かった髪は、バッサリと切られていた。
その出で立ちから、てっきり湘南あたりの出身なのかなと思いきや、
「生まれも育ちも神楽坂。25年間住んでいました。」
と意外な答えが返ってくる。
28歳までの7年間は、大手スポーツメーカーで働いていたという。
アウトドア商品の販売を経て、25歳で新宿店の店長になった。
「とにかく会話をするのが楽しくて。あっという間に1~2時間、そうやって話し込んだお客様は、またお店に来てくれて。一度に、100万円も購入してくださった人もいます。」
店長なのに、“売ろう”だなんて、これっぽっちも思っていなかったという大山さん。
気が付けば、2年連続、“全国売り上げ№1”になっていた。
店長職では飽き足らず、次のキャリアとして選んだのは、カスタマーリレーション。
いわゆるお客様相談窓口。
「相談窓口といっても、そのほとんどはクレームで。電話に出ると開口一番『ふざけんなよ!』って言われることも多々ありました。」と、なんだか嬉しそうに話す。
疑問の表情を浮かべていただろう私を見て、
「いやぁ、どのクレームも本当にありがたくって。社長になり変わり、ありがとうございます!って、そう思って対応していました。」と。
この人は、身体だけでなく精神までもが強靭であることを悟った瞬間だった。
海が変えた人生
「31歳、結婚もしていないですし、彼女もいません。長く続かないんです。ある意味、我がままで、自分勝手に楽しみすぎちゃうから。」
そう話す大山さんの朝は早い。
4時起床、4時5分に海へ行く。
波がよければ、朝からサーフィンして仕事、波がなければ二度寝して仕事へ。
23時には寝る規則正しい毎日。
「サーフィンって、何年やってもうまくならないのが面白い。つい6年前までは、海とは無縁の生活でした。富士山専門のガイドをするほど、もともとは大の山好き。それが、ひょんなことから海に出会っちゃたんです。」
初めて同僚に海に連れて行ってもらってから、ザブ~ンと海にハマってしまい、気が付いたらサーファー道まっしぐら。両親を説得して、神楽坂の実家までも売り払い、茅ケ崎に移り住んでしまった。
なんと大それたことを。
それくらい、この出会いが彼の人生を大きく変えてしまったのだ。
「茅ケ崎に引越してからも、最初は新宿まで通っていたんです。でも、もっとサーフィンをしたい!と思うようになり、海まで徒歩3分の『葉山うみのホテル』のオープニング募集を見つけて応募しました。」
『葉山うみのホテル』の抜群の立地に惹かれ、ホテルマンとして新たな道を歩みだした。
トイレ200個を洗う毎日
しかし、進んだ道はそう平たんとはいかない。
「毎日トイレを200個洗わされました。いったい、いつになったら接客させてもらえるのだろう、と思う日々でした。」
ホテル業未経験の彼が真っ先に任された仕事は、清掃業務。たとえサービス志望であったとしても、すべての業務をこなせるように指導するのがシマダ流。そんな洗礼を、もれなく彼も受けたのです。
1か月清掃をし続け、ようやく接客できる!と思ったら、次はキッチン研修が待ち受けていた。3か月目で、いよいよ接客ができるかと思ったら、夏限定だった『葉山うみのホテル』のプレOPENはあっけなく終了。
その後も、大山さんの試練は続き、『箱根つたや旅館』のオープニングスタッフとして異動を命ぜられた。海が近いが故に入社したはずが、気が付けば、山へ籠ることに。念願のうみのホテルで接客できるようになったのは、なんと翌年の夏であった。
「日頃の行いがよくないと、いい波はこない。波を独り占めすれば、『調子乗ってんじゃね~』と人生の先輩方に怒られる。欲張っちゃいけない。意外とサーフィンってリスペクト精神と協調性が大切なんです」
サーフィンの話をする顔のなんと眩しいこと。
サーフィンのためなら、どんなに日常の試練があったとしても、彼には大した問題ではないのかもしれない。
「大山さんいます?」
うみのホテルで迎える3度目の夏を前に、大山さんは副支配人になった。
そんな彼を訪ねてくる地元の人は少なくない。
森戸に住んでいる70代のご夫妻もそのうちの一人で、コーヒーを飲みながら新聞を読んだり、書き物をしたり、いつも穏やかな時間を過ごしていくという。
ある日ご夫妻はカフェの紙ナプキンに、俳句をしたためた。
ここ森戸 歩いて遠いよ うみホテル
山みどり 顔は黒いよ 大山くん
「こんな句をプレゼントしてもらうなんて、ありがたいですよね。」
こちらのご夫妻、昨年末に帰省される娘さんのためにと、二部屋も予約をしてくださったそう。
大山さんはどんな接客をしているのだろうか。
「ただ、人の関心に関心があるだけなんです。接客ではなく、世間話を楽しんでいて、なぜこの人はうちに来てくれるのかな。そんなことを聞きたくて。」
自然体でさらりと教えてくれた。
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インタビューの終わりに、彼にちょっと意地悪な質問をしてみた。
うみのホテルから異動になったらどうします?
「うわ~~~~~~~っ、ぶっちゃけ考えます。」っと、天を見上げた。
しばらくして、
「自分が予期していない出会いで、今まで良き方向に向かってきた。
海では、何事も受け入れないとぶっ飛ばされます。協調性を持っていないとその海に入れなくなる。」
そう話す彼の顔に曇りはなかった。
今後、予期せぬ荒波が訪れたとしても、きっと彼なら器用に乗りこなしていくだろう。