私が居る場所
-私の居る場所はここではない-
将来を考える上で一生の仕事として料理人を志す事を決め、就職を決めたホテルの内定式に出席した時の話だ。キッチンを見学したら誰が作っても同じような料理になる仕組みで目指すものとの違和感を覚えた瞬間、その場で内定を辞退した。
「周りからは色々言われたけど自分の人生ですからね」
彼女は当時のことをそう振り返った。
その後、辿り着いたのが軽井沢にある『オーベルジュ・ド・プリマヴェーラ』。
採用の募集はしていなかったけど、お店の雰囲気や味を見て入社面接を頼み込んだ。
料理人としてスタートするのは少し遅いかもしれない。自分自身悔しい思いは何度もしたけど良い仲間達には恵まれた。
そこからの5年間はあっという間だった。味や技術に自信がつきつつも、料理人としての立ち位置に迷う時間が増えた。フランス料理を志しながら、一度もフランスに行った事もなく、この店の中しか知らない。そんな時に、オーナーシェフから「東京の会社と事業の協力をして面白い事をするから」と言われその会社に出向く。
代表者は少し風変わりな人だったけど私の想いや考えを良く聞いてくれた。様々な縁や協力があり私は単独フランスの地に向かう事となる。
料理は万国共通
言語は英語で何とかなるでしょ!
フランスでの滞在期間はお店での研修1ヶ月・市場調査1ヶ月で合計2ヶ月。
最初の地はフランスのニースで1日も無駄にしたくないので到着した翌日は朝の5時起床。マルシェ(フランスの朝市)で買い物ができるようにYouTubeでフランス語の動画を見ながら準備をし、ホテルを出発。受付に“Bonjor”とあいさつを交わすと「マルシェは早すぎてまだやっていないよ」。
とりあえずコート・ダジュール(南フランスに所在する風光明媚な海岸)を目指して散歩へ。外はまだ真っ暗だけど、パン屋さんを発見してクロワッサンとチョコレートのコロネみたいなかわいいパンを買おうとすると“Je voudrais un….”クロワッサンの発音が伝わらず、This, this しか言えず……。
ニース滞在中は主に市場やレストランの調査。そこで働く日本人の料理人と出会い
友人となることができた。同じ世代の人達が世界で頑張っている姿は刺激になる。
研修先は南フランスのコート・ダジュール空港から車で約50分。イタリアとの国境に位置する、レモンが名産の小さな街マントンにあるレストラン『Mirazur(ミラズール)』。世界各国をグローバルに食べ歩くガストロノミストたちが「世界最高峰」と賞賛する三つ星レストランだ。
“料理は万国共通 言語は英語で何とかなるでしょ!”
今考えると随分無茶な話で、苦労の連続だった。
月の暦によってメニューが花・根・果物・葉をテーマに構成されていて、食材の使い方、組み合や表現の仕方など感心することばかり。ハーブ・スパイスは、料理を立体的にしてくれて余韻にもつながる。そして、ペアリングであわせるワインは全体をまとめてくれる。日本の食材へのリスペクトも高く、昆布・だし・味噌・みりんも料理に用いる。
ある日まだ食べられそうな野菜のくずが捨ててあり注意をうけた。“これらはサラダやスープにできるじゃないか。” 経営上そういうことがきちんとできないと店は回らない。日曜日の夜は、隅々まで大掃除。終わった後でも最後までシェフが壁を磨いている姿があった。
If you want...of couse
研修当初は会話もおぼつかなく、笑ってごまかしてなんとか一日を過ごしていたが
自分が知りたいこと、やってみたいことが伝わっていないことに焦りを感じる。
そこで一日一個「私はこうしたいんだけどいいですか?」と聞くと決める。
自分の意思を伝えるとシェフはいつもこう答えてくれた。
If you want…of couse!(君がやりたいのなら、やってみたらいい!)
まずは自分はやりたいのか?を自分に問う大切さ。仕事でも生活でも自分の居場所は自分で作るしかない。なんにでも挑戦して、今を大切にしなければと。
研修終盤には前菜のセクションで、サラダの係を任せてもらえた。ディナー営業では、魚料理・肉料理のサーブまで一緒にやらせてもらい勉強させてもらう。一ヶ月の間に色々なことがあったけど、最後は少し信頼してもらえたかなと思うと凄く嬉しかった。
この世界は美しい
研修を終えマントンを後にしてリヨンから2時間ほどTGV(フランスの国鉄)に乗り女性シェフ3つ星レストランの『メゾン・ピック』へ。
一番驚いたのはアスパラのお料理で木で香りをつけてグリルしたアスパラに、アスパラガスのソース、ムース、レモングラス、セージ、ミント、ナスタチウム等数種類のハーブ。アスパラだけでとても美味しいのに、ソース・ハーブの要素が加わって苦味・酸味。色々な表情と春の様々な情景を感じた。”世界の味というのはこういうものなのか”と圧巻された一皿。 食という可能性は無限大で、知るものが増えれば増えるほどその可能性を広げられるんだと。
リヨンでの休日に観光で訪れたノートルダム大聖堂は5年前に学生旅行で訪れた景色とかわらず、美しく修復はもう少しで終わりそうだった。最終日の夜は東京のシェフと合流しパリ在住の日本人でミュージシャンであり小説家でもあり映画監督の方とご縁があり会食。最後まで驚かされる経験ばかり。
退屈日記「ギタージャンボリーのテレビ放送、楽しみで仕方がないが、パリでは観られない。泣」 | Design Stories (designstoriesinc.com)
今回、ルレ・エ・シャトー地方のオーベルジュを体験して全てに言えたことは、自然とのつながりを大切にしているということ。すべてが本物で、すべてに意味がある。料理を越えて、さまざまな視点から勉強することができた。その土地でしかできない表現で各々の価値提供をしていく。その中の一つに料理があり、その真髄により迫る経験ができるのが、“オーベルジュの使命”でもあると。素材と向き合った料理、技術を超えた感情にはたらきかける料理。“この大地をもっと愛しなさい”というメッセージを感じた。
『ミラズール』にあって今の『私』が忘れかけていたもの。それは、その土地の素材や人々を深く知ること。これらをもっと深くまで追求して、そのうえで作られた料理というのは、芸術性にも富んでいて与える力が違うということを。
世界は私が思っているよりうんと広かった。
フランスのオーベルジュはまるで家に招かれた友人のように人々を迎えてくれる。
まるで家にいるような、それでいてよい気分になれる場所を提供してくれた。
この世界には色々な職業の人や色々な人種、そして色々な考え方の人がいる。
同じ食卓を囲めば「美味しい」の言葉で輪が広がり、素敵なものを「素敵」と伝えれば素敵な空気が広がる。価値を共有して、学んで、成長して。
人間はなんかいいな、と。
この世界が美しいな、と。
軽井沢に帰ったら、私が感じる当たり前を大切にして料理と向き合いたい。
見る景色、物、音、温度、香り、人に感謝しながら。
私は今日も私のオーベルジュを探す旅に出る。